日光化け地蔵へ。並び地蔵は神聖な空気を出していた。
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栃木県日光の化け地蔵とは?

栃木県日光市含満ヶ淵(かんまんがぶち)にある並び地蔵(化け地蔵)。地蔵が並び、見つめるその先には大谷川が流れています。母沢御用邸記念公園の近くに位置しています。なぜ化け地蔵と呼ばれるのか。それは地蔵の数える度に数が違くなることからそう呼ばれるようになりました。

天海の弟子約100名が寄進したものと書かれてあります。明治35年の大洪水で親地蔵と他の地蔵のいくつかが流されました。むしろ日光で大洪水ってなにごと!?と違うところにびっくりしてしまいました。ちなみに明治35年の日光での災害を調べてみました。

明治35 年(1902 年)9 月28 日。足尾台風が栃木県全県に被害をもたらしました。大谷川では水源部で崩壊が多発し、神橋、大谷橋、人家100余戸を流出。死者156、行方不明63、負傷280、家屋全壊8217、半壊389 に至りました。

並び地蔵。外国人観光客の方が圧倒的に多かった!

行って驚いたのは外国人の方が多かったこと。平日に行ったのもあるのでしょうが、日本人の姿はまばらです。有名観光地はたくさんあるだろうに外国の方がここをチョイスするのは地蔵に対して興味あるのかな?とか勝手に妄想してみたり。

海外の有名サイト・ブログで取り上げられてるのかな?とも思い、拙い英語で検索をかけてみます。ブログはいくつか見かけましたが、それが果たしてここまでの外国人観光客の多さに結びついているのかは全く分からずww単純に日光に世界遺産があるから色々回ってるのかもしれないし…。

自分もこうやってポージングしてみたい。

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並び地蔵は少し不思議な空間にさせてくれる場所

駐車場

下の写真(一枚目)にある「含満の茶屋」目の前にあります。この駐車場が一番近いです。ただ台数はそんなに多くなかったです。

自分が来たときは満車だったので、来る途中に橋を渡るんですが、橋を渡り切った後左手にもう一つ駐車場があります。そこに停めました。ほんの数分だけ歩くだけなのでそんなに遠くはないです。

 

含満の茶屋さん

少し長い一本道を歩きます。

途中で聖徳太子が祀ってあるという「西町太子堂」というものがあります。

慈雲寺(じうんじ)に到着です。ここお寺ですけど、お寺らしくないというか。そもそも大洪水の時に当時のお寺が流されてしまったので復元されたものになります。

ただ私は痛恨のミスをしました。本堂撮るの忘れたww言い訳させてください。

目的は地蔵だから!

門をくぐったらすぐ本堂。そして本堂脇に目的の地蔵がすぐ見えます。

奥側に見えるのが撮り忘れた本堂です。

ここ、意外と不思議な空間になっていて、入って地蔵の並びを目にすると

いけいないことしたらダメな気がする。いい子にしてよう。

って気持ちになるんです。

外国の方が圧倒的に多かったんですが、みんな静か。彼らも何かを感じたのかもしれません。

下の写真。これ写真だとまったく分からないですが、阿弥陀様みたいなのが掘ってあります。写真じゃわからないのに肉眼だとわかる。人間の目ってすごい。

これは教養なさ過ぎてわかりません。でも弘化三 天午みたいなので書いてありました。

あとは大谷川の色がちょっとブルーみたい。那須塩原のスッカン沢を思い出させるような青ですね。綺麗さでいえばスッカン沢の方がすごいけど。

もうちょっと早めに行けば紅葉が綺麗だったのかなあと残念な気持ちに。日光の紅葉は早い。

そして一番心残りだったことがあります。化け地蔵の由来書いておきながら…

地蔵さん数えるの忘れたよ!!!

みなさんも並び地蔵(化け地蔵)に訪れたときは忘れずに数えて、数が違った!っていう話題の一つを作れるといいですね。

 

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